秋分には、ご先祖を偲びましょう。

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こんにちは、名越凜です。

このブログは、四季折々にある日本の行事や日々の生活を愉しむコツをご紹介していきます。

私は、四季の行事など全く興味がありませんでした。それでも、何も支障はなかったのですが、結婚した後、子供の成長と共に色々なことを経験するたびに自分が何も知らないことを実感しました。このままでは、どれが正解なのかわからない。子供にきちんと教えることも出来ない。親として情けないと思い、少しずつ勉強を始めました。私が知らなかったように、もし知りたいと思っている人のきっかけになればいいなと思います。四季折々の日本の行事を愉しみましょう。

今回は、二十四節気の『秋分(しゅうぶん)』についてです。

秋分とは?

秋分』の時期は、「秋分の日」をはさむ、ちょうどお彼岸の頃です。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉があるように、秋の彼岸を境に季節は少しずつ冬へと向かいます。

二十四節気では、9月22日〜10月7日頃の18日間です。2024年の「秋分の日」は、9月22日(日)です。

秋分』は、二十四節気の「秋」の6つの中の1つです。

  • 立秋(りっしゅう)8月8日~8月22日頃  
  • 処暑(しょしょ) 8月23日~9月7日頃      
  • 白露(はくろ)  9月8日〜9月22日頃
  • 秋分(しゅうぶん)9月23日〜10月7日頃   2024年は、9月22日~10月7日
  • 寒露(かんろ)  10月8日〜10月23日頃     
  • 霜降(そうこう) 10月24日〜11月7日頃
  • 雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)    初候   9月22日〜9月27日頃   夏の間に鳴り響いた雷が収まる頃です。残暑も落ち着き、秋の気配を感じます。
  • 蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)       次候   9月28日〜10月2日頃   虫たちが冬ごもりの支度を始める頃です。
  • 水始涸(みずはじめてかるる)          末候   10月3日〜10月7日頃  水田から水を抜き、収穫の時期が始まります。

秋分の行事とは?

  • 9月19日~9月25日   彼岸     彼岸(向こう側)が近くなるこの時期に先祖に会いに行こうというものがお彼岸です。
  • 9月22日        秋分の日 季節の変わり目であり、この日の周辺が昼夜の時間が同じになる日です。
  • 10月1日        衣替え     「衣替え」は、10月1日を目安に夏服から冬服へ

衣替えは、平安時代に中国から伝わった風習で、宮中行事として年に2回、衣を替えるようになりました。当初は「更衣(こうい)」といいましたが、「更衣」という言葉が女官の役職名に用いられるようになったため、「衣更え(衣替え)」と呼ばれるようになりました。

江戸時代になると、気候に合わせて年に4回の衣替えが武家社会で始まり、庶民にも取り入れられるようになりました。

その後、明治時代になると役人や軍人などが制服を着るようになり、暦も新暦に変わったため、夏服と冬服を年に2回替えるようになりました。それが現在の衣替えです。

秋分の日とは?

秋分の日」は、太陽が真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さが等しい日です。

秋分の3日前から7日間が秋の「彼岸」です。「秋分の日」は彼岸の中日に当たります。

極楽浄土は、西の彼方にあるとされていうため、太陽が真西に沈む「秋分の日」にご先祖様を供養するようになりました。

お彼岸には、お墓の掃除をして、故人の好物と先祖に初物のおはぎをお供えして線香を供えます。

春のお彼岸でお供えする「牡丹餅(ぼたもち)」を宮中に仕える女房達が季節に合わせて「萩の花」と呼び、やがて「おは(萩)」と呼ばれるようになったと言われています。(諸説あります)

紅紫色の花をつける萩は、秋の七草に数えられる植物です。

また、彼岸にそばやうどんを食べる地域もあります。

彼岸そば」は、春分と秋分の時期に食べられている日本の伝統的な食べ物です。
年越しそばのように全国的に知られているわけではありませんが、地域によっては親しまれています。

彼岸うどん」とは、お彼岸の期間中に食べるうどん料理で、お彼岸料理の1つです。そばや赤飯(小豆飯)、お寿司なども彼岸料理に含まれます。

彼岸」は、季節の変わり目にあたる時期で、体調を崩しやすいことから、消化の良いそばやうどんで胃腸を整える習慣があります。

まとめ

一年の中で昼と夜の長さが同じになる日が春と秋の2回あり、春を「春分」、秋を「秋分」と言います。

春分」には、豊穣を祈願し、『秋分』には、実りを祈願します。

ちょうどその時期に秋の七草も見頃です。秋の七草は春の七草と違い、食べるものではなく、観賞するものです。

また、秋の七草は万葉集に収められている山上憶良の2首の歌が始まりだと言われています。

「秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花」
「萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花」

その中で、おはぎの由来となった「萩の花」は、「草かんむり」に「秋」と書く、まさに秋を代表する花の1つで、流れるように可憐な花がたわわに咲きます。

万葉集とは、7世紀後半から8世紀後半(奈良時代後半)にかけて編纂されたとされる、現存するわが国最古の歌集です。奈良時代にはもう萩の花があったのですね。

そう思ってみると、萩の花を愛でるのもおはぎを食べるのも、今後もずっと変わらない彼岸の風習であってほしいです。

最後まで、読んで下さりありがとうございました。

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